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::パワプロ13SS「夏の残り香」
-夏の残り香-

聖タチバナ学園高校、生徒会長室。
生徒会室とはまた別に用意された、個室となる一室。
なぜこんなに整った待遇が用意されているのかは、歴代の生徒会長と学長の名前と関係をひもとけば容易に分かる。
が、そんな過程は現在に影響を及ぼさない。

何はともあれ、ここは生徒会長のために用意された一室である。
学内の活動に関するあらゆる書類。
聖タチバナ学園高校の沿革を記した、ファイル。

掃除が行き届いており、防音設備や冷暖房も備えられている。
実に快適であり、学内にありながらプライベート空間であるとすら言える。

そんな空間の現在の所有者たる六道聖は、机に向かって書類を片付けていた。
黒みを帯びた深紫の髪は、結ばれて後ろでまとめられている。
結び目から伸びる一条の髪が、アンテナのように飛び出している。
青竹のようにすらりとまっすぐな姿勢で、深くも艶を帯びた色を宿す丸い瞳はまっすぐに書類の必要事項に目を通している。
整然と凛然とした立ち振る舞いは、会長という職を掲げるにふさわしいものである。

六道聖は、まさに会長の名にふさわしい会長であった。
前任であった野球部のエース投手(本人談)こと橘みずきは、邪知暴虐の権化たる生徒会長であった。
その落差が彼女の印象をより強めていることは間違いない。
だが、その点を差し引いても彼女が生徒会長たる事実に物言いをつける者はいないだろう。

野球部の主将として練習に参加しつつ、折を見ては会長の業務にいそしむ。
この学校の生徒たちは、誰一人彼女が会長であることにも野球部の主将であることに、不満はあっても正当な理由で以て糾弾することは出来ないだろう。


そんな、どこか人間味が薄いと感じられるほどに隙の無い彼女を、狂わせる香りがある。


コンコン、とキツツキが樫の木をつつくように軽やかなノック音が響く。
「どうぞ」と、聖は来訪者の入室を促す。
ノブが回り、入ってきた者の姿を見ると聖はペンを置いた。

「やぁ」
「……先輩か」

健康的に日焼けした肌に、制服を着ていてもわかる引き締まった体。
邪気の感じられない笑顔を浮かべ、軽く手を上げている男。
彼が来訪者であり、「先輩」である。
聖が先輩、と表現するのは単なる先輩ではない。
前会長の同級生であり、チームメイトであり、前野球部の主将。
ポジションはサードを務め、チームの主砲として甲子園優勝に貢献した人物。
彼のみを指して、聖は「先輩」という表現を使う。

「仕事はどう?」
聖の後ろに回り込み、男は問いかける。
「もうすぐ終わる。この時期は書類が多いな」
「学期が変わったばっかりだからね。やっぱり、季節季節の節目には多いみたいだよ」
「そうみたいだな。悪いが、もう少し待っていてくれ」
「うん、わかった」
男は来客用のソファーに座り、鞄から本を取り出す。
それ以降、二人の間に余計な会話は生まれない。
かすかに聞こえる外部の雑踏と、書類にペンを走らせる音。
それに、ページをめくる音のみが会長室内に響く。

「終わったぞ」
大して間も空かないうちに、聖は業務終了を告げる。
熟練した舞台女優のように滑らかに、筆記用具をしまって男に歩み寄る。
「ん。じゃ、行こっか」
男も既にしおりを挟んで本をしまい終わっており、立ち上がって部屋を後にしようとする。

男がドアノブに手をかけ、ドアを開けたところで後ろを振り返る。
すると、先程と聖が位置を変えずに佇んでいることに気付く。
室内に射し込んでいる夕焼けが、背後から柔らかに聖を照らしている。
赤みがかった光を帯びたその姿は、油絵を切り抜いたかのように温かみを帯びた幻惑的な雰囲気を漂わせている。
「……聖ちゃん?」
怪訝に思った男が、聖へと歩み寄る。
肉薄する距離にまで近づくと、ゆっくりと聖が視線を男の顔へと向ける。
体格の差が上向きの視線を生み出し、その瞳には先程までの深く澄んだ色のみでなく、潤いと揺らぎを帯びた感情の色が宿っている。
何かを訴えるような、迷っているような、そんな情動が感じ取れた。
ごくり、と男は生唾を飲み込む。

どれ程だろうか、そのまま二人は見つめ合っていた。
やがて、緩やかに聖が目を閉じ、顔を伏せる。
そして、伏せた顔を頭ごと前に倒し、ぽすっと男によりかかるようにする。
すぅ、はぁ、と静かながらも確実に聖は深呼吸を行う。
「……」
その様子を、黙って男は眺めている。

やがて、聖は片手で男の制服の袖を掴んだ。
そして、もう片方の手では男の胸辺りを掴んだ。
そのまま体を預けるように全身を倒して、聖は男と体を密着させる。
なおも、深呼吸は確かに続いている。

メトロノームのように一定のリズムで行われていた深呼吸が、徐々にリズムを早めていく。
音楽がサビに向けて転調するように、リズムが心地よく昂りを帯びて行く。

「……先輩」
先程より荒くなった深呼吸を続けながら、聖が語りかける。
「……」
だが、切り出した言葉が続くことはなく、沈黙が訪れる。
聖の深呼吸はなおも加速し、心臓もそれに呼応し、血液を送り出す。
そして、全身が熱を帯びて行く。
脳髄が飴細工のように、熱で甘く溶かされていく。
やがて煩悶とした思考が熱と融和し、彼女の枷を優しく緩める。

深呼吸が止み、聖が顔を上げる。
その顔には、夕焼けの光ではない赤みが差している。
とろけたように瞼の重みで薄く閉じられた瞳は、潤んでいる。
「先輩」
くっきりと、なめらかに、言葉を発する。
次の句を紡ぐべく、唇が再び動く。
「――――」
その言葉は、男の耳にのみ届く。


現生徒会長、六道聖。
「先輩」の持つ香りのみが、彼女を狂おしく揺さぶる。
あの夏の日と変わらない、「先輩」のみが持つ夏の残り香。
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